「許す」と楽になる!がダメになるw
牛乳石鹸のCM、いろいろと話題に上がっていますね。
私は「話題に上がっている」ところを先に見てしまったので、実際のCMを見ていなかったりします。今から実際のCMを見ても、すでにフィルターかかった状態で見てしまう自分がいるから。
どんなフィルターがかかるかといったら、きっと私はダメなお父さんを擁護するフィルターがかかる……。
自分がダメ主婦だから。
子どもにマジギレするし、イライラするし、スマホ見て子ども放置することもあるし、旦那に家事たくさんやらせているし。
このブログで書きたいことの本質でもあるんだけど。
自分のダメなところが許せない人は、他人のダメなところも許せない
私はそう思っています。
その人が完璧な人間かというのは別問題にして、自分のダメなところを許せずに頑張るから、他人のダメな部分もスルー出来ず指摘したくなるんだろうなと。
「ダメなことを受け入れている方が楽」という考え方の私にとっては、許せないことが多いといろいろと辛いだろうなと思うんですが、これは脳みその分泌物の違いか躾の違いか、許せない人は他人にも自分にも厳しく生きた方が良い選択肢なのでしょうね。
「許せない」人にとって「許しなよ~」「許してよ~」っていうのは酷なことだと思うし。
そして、自分が他人を許せないからこそ「自分が他人に許してもらっていない」という気持ちもあるのかも。
似たような立場の家庭、男側も女側もいっぱいあると思うし。
女性側は「仕事を免罪符にすればなんでもOKと思うなよ!」
男性側は「生活のために本当は辞めたいし辛いのに仕事に行く気持ちがわかるか!」
私も仕事に行ったら社会人として、家なら母親や妻として、ママ友や近所づきあいの中では良識ある主婦として、縛られる枠が多いなーと感じています。
あ、もちろん私自身は縛られない方向でダメダメ路線突っ走ってますけど。
それぞれの立場であれこれ要求されてしまうこの世の中じゃ、自分も「大人たるものこうでなければならない」って思っちゃうし、自分にも他人にも厳しくなって許せなくなっちゃいますよね。
厳しく言う人に対してもスルーできるダメ人間が、今の世の中一番最強!
……なんじゃないかな、きっと(笑)
そんな感じでダメを肯定すると、少しばかり楽になるんですよね。
でもでも、もちろん自分や他人のダメなところすべてを許せるようになってしまったら、頑張る人がいなくなるし世の中ダメになるわけでw
ほどほどに許して、ほどほどにゆるく、でも社会ではじかれない程度に。
これが理想ですね。